
「あなたは、小柄なので骨盤もたぶん狭いだろうから帝王切開になる可能性が高いよ」
と産院で言われたり、
妊娠中期は切迫早産で1ヶ月入院したりと、修ちゃんがおなかにいる時は、出産のことばかり気になってました。
何故か「私なら母乳出るわ。」と訳の分からない 自信もあり、母乳育児出来るとばっかり思っていました。
結局予定日から2日後、吸引分娩ではありましたが経膣分娩で無事修ちゃんを出産しました。
でも深夜の出産となったのでそそくさと新生児室に連れて行かれて生まれたての我が子をしっかり抱くこともさせて貰えませんでした。(注意:これは間違った指導です)
紗吉が出産した産院は母乳育児推進病院でしたが、産後3日間は母子別室体制をとっていて、最初の授乳は翌朝からでした。
(注意:これは間違った指導です)
修ちゃんは初めて母乳を貰うまでの間、哺乳瓶で糖水を与えられていました。(注意:これは間違った指導です)
ほ乳瓶に慣れた修ちゃんは、もう乳首を吸ってくれませんでした。
とにかく授乳したくても修ちゃんは吸ってくれない。搾乳して哺乳瓶で飲ませるにしても 母乳は出ない。結局看護婦さんがミルクを作って飲ませる事になったのです。修ちゃんはごくごくとよく飲みました。
「このまま母乳あげれないのかな」 と悲しい気持ちになりました。
完全にマタニティーブルーにはまったのです。
同室に入院していた経産婦の先輩ママが「母乳が出ないなら、 栄養のある物を食べればいいよ。母乳ジャンジャン出るよ」と
教えてくれました。(注意:これは間違った方法です)
もちろんその通りに実行した私のおっぱいはパンパンに腫れ乳腺炎の1歩手前になりました。 修也はそんなおっぱいを嫌がり、ミルクを飲むのです。せめて初乳だけでもと、私は必死で痛いおっぱいから搾乳器で母乳を搾り、ほ乳瓶で与えました。 (注意:これは間違った方法です)
3日目以降の母子同室も昼間だけで夜は赤ちゃんの面倒は新生児室で看護師さんがみて、ほ乳瓶でミルクが与えられていました。(注意:これは間違った指導です)
そんなまま1週間が過ぎて退院日になりました。
自宅に帰ってからも搾乳器で搾りほ乳瓶で与える方法を実施し、
足りてなさそうな時はミルクを追加しました。(注意:これは間違った方法です)
私自身はどうにかして直接吸って貰おうといろんな器具(乳頭保護器など)を購入したり、母乳のためと思い、 栄養のある物を大量にとり続けました。
その結果、産後3ヶ月の間に何度も乳腺炎に。毎日悲しい気分でいっぱいでした。
紗吉の実母からは「もう母乳なんかあげへんとミルクにしなさい」と言われ、
少しだけだったけど一応3ヶ月まで母乳をあげれたし、もういいのかなぁと迷っていました。
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